【連載】Vol.003-1 サッカー香港代表・中村祐人という生き方
香港での異変についてはメディアを通して当然気が付いていた。
8月末と9月初旬。私は二度にわたり香港に行くチャンスがあったが、どちらも行かなかった。自粛せざるを得ない状況があったからだ。その理由は皆さんもご存知だろう。2019年4月に香港政府に提出された「逃亡犯条例改正案」を機に香港市民が高度な自治の保護を求めてデモ活動を活発化。その模様は連日のように世界で報道され、現在も解決はされていない。正直なところ、中国にも香港にもある程度慣れている私は、香港へ渡っても大丈夫だろうという気持ちもあったが、なにせ時勢が時勢だけに、大事を取って、念には念を入れて、香港行きを自粛したのだった。
冒頭で語った異変に気が付いたのもちょうどその時期だ。だが、異変と言っても香港のデモのことではない。香港プレミアリーグ19-20の開幕戦と第2節において、昨年のFA杯覇者で今季のリーグ優勝奪還を狙う傑志SCに起きた異変である。なんと、リーグ2試合連続で中村祐人の名前がスタメンはおろか、サブメンバーにも入っていなかったのである。怪我か体調不良の可能性を考えたが、本人は開幕直前に「コンディションはいい」と話していたし、そもそも試合に出られないほどの怪我や体調不良があればすぐに情報を得ることができる。だが、そんな情報はない。一体、どういうことなのか。
2試合連続での異常事態。中村祐人を追う記者としては当然、取材を申し込まなければならないところだが、私は躊躇した。なぜなら、2度にわたって香港へ渡航するチャンスがあったばかりだからだ。サッカー記者の矜持として、記事を書くにはスタジアムで試合を観戦し、対面で選手への取材を行うことをモットーにしている私は、この異常事態においてもやはり対面取材の機会をうかがっていた。いや、異常事態だからこその対面取材だ。正直、本年5月に中村祐人の半生記を描いた自伝的著書「サッカー香港代表・中村祐人という生き方」を出版した私にとって、中村祐人に電話取材をオファーすることは簡単である。そして彼はいつも私のオファーに最大限の敬意をもって応えてくれる。電話取材を申し込もうか、次の対面取材の機会を待つべきか。私の心は揺れていた。そして、初取材時からいつも中村祐人の取材をコーディネートしてくれていた人物に相談し、決断した。「次の公式戦である※香港コミュニティ杯でもベンチ外のようなら、電話取材をオファーする」。※香港コミュニティ杯とは、昨シーズンのリーグ王者(Taipo FC)とFA杯王者(傑志SC)が一発勝負で対戦するカップ戦のこと。
冒頭で語った異変に気が付いたのもちょうどその時期だ。だが、異変と言っても香港のデモのことではない。香港プレミアリーグ19-20の開幕戦と第2節において、昨年のFA杯覇者で今季のリーグ優勝奪還を狙う傑志SCに起きた異変である。なんと、リーグ2試合連続で中村祐人の名前がスタメンはおろか、サブメンバーにも入っていなかったのである。怪我か体調不良の可能性を考えたが、本人は開幕直前に「コンディションはいい」と話していたし、そもそも試合に出られないほどの怪我や体調不良があればすぐに情報を得ることができる。だが、そんな情報はない。一体、どういうことなのか。
2試合連続での異常事態。中村祐人を追う記者としては当然、取材を申し込まなければならないところだが、私は躊躇した。なぜなら、2度にわたって香港へ渡航するチャンスがあったばかりだからだ。サッカー記者の矜持として、記事を書くにはスタジアムで試合を観戦し、対面で選手への取材を行うことをモットーにしている私は、この異常事態においてもやはり対面取材の機会をうかがっていた。いや、異常事態だからこその対面取材だ。正直、本年5月に中村祐人の半生記を描いた自伝的著書「サッカー香港代表・中村祐人という生き方」を出版した私にとって、中村祐人に電話取材をオファーすることは簡単である。そして彼はいつも私のオファーに最大限の敬意をもって応えてくれる。電話取材を申し込もうか、次の対面取材の機会を待つべきか。私の心は揺れていた。そして、初取材時からいつも中村祐人の取材をコーディネートしてくれていた人物に相談し、決断した。「次の公式戦である※香港コミュニティ杯でもベンチ外のようなら、電話取材をオファーする」。※香港コミュニティ杯とは、昨シーズンのリーグ王者(Taipo FC)とFA杯王者(傑志SC)が一発勝負で対戦するカップ戦のこと。
続く