【連載】Vol.005 4 of 5 サッカー香港代表・中村祐人という生き方
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---日本や中国では、ユース年代からすでに海外のクラブに入ってプレーする選手も増えています。それは実力で入る子もいれば、中国などでは制度的に若い選手を海外クラブに送り込む仕組みがあったりします。香港ではどうなのでしょうか。
中村祐人「香港にもイギリスのクラブに行くユース年代の選手がいることはいるようです。でもまだまだですね。実力的にまだまだだと思います。それはユース年代の試合を見ていても思います。それにユース年代を指導する指導者の育成など、課題はまだまだあると思いますね」
中村祐人「純粋な香港人選手では難しいと思いますね。日本人とのハーフで、傑志(キッチー)にユース年代の選手がいて、クラブも積極的にトップチームにその子を入れて育成していますが、彼でも日本のJクラブのユースや高校サッカーの高いレベルだと、ボーダーラインか、難しいか…というくらいだと思います。でも傑志がそうやってトップチームに引き上げて育成しているのはとてもいいことだと思います」
---ファンからの質問の中に若い香港人選手についての質問があり、その中で中村選手は出場機会の大切さ、そして香港サッカーがもっとグラスルーツ(草の根)にならないといけないと回答しています。国の大きさが違うので単純な比較はできませんが、Jリーグは各チームによる地域密着を開幕当初から強力に推進してかなり根付いていますが、香港ではまだそこまではないのてしょうか?
ファンからの質問:香港リーグの若い選手についてどう思いますか?彼らが出場機会を増やすためには何が必要だと思いますか?
中村祐人:彼らはとても進歩していると思います。なので公式戦でプレーする機会が増えればもっと成長できると思います。それから、香港サッカーはもっと草の根レベルになる必要があると思います。地区レベルくらいの草の根に。サッカークラブは地元の人々や子供たちと相互に影響を与え合うことが大切です。私たちプロサッカー選手やクラブは地元の人たちにもっとクラブを身近で楽しいものだと思ってもらうようにしていく必要があります。そして、そんな地元のサポーターをクラブや選手が誇りに思えるようにしていくことが重要です。
中村祐人「まったくないですね。香港自体が(面積的に)小さいというのもあると思いますけど。帰属意識とか地元意識とかは薄いと思いますね。
---香港に長くいらっしゃる中村選手なのでぜひお伺いしたいのですが、逆にいうとその(面積的に小さい)香港で地元意識みたいなものは植え付けられると思いますか?私は香港島側だ、私は九龍側だ、みたいな。
中村祐人「それこそタイポーFCとか元朗(ユンロン)とかは地域の人たちに支えられながらやっているなというのは感じます。でももっとプロサッカーのクラブとして、その地域への働きかけを増やしていく必要があると思います。地域との触れ合いとか、そういうのを意識的やっていかないと。それこそクラブがその地域のシンボル的な存在になっていけるように。そうなれば香港でも地域性とか地元意識がもっと出てくるかもしれませんね」
---もちろん、そういう危機意識というか、問題意識を持っている人たちが香港サッカー界にもいらっしゃるんですよね?
中村祐人「いると思います。実は今回のファンとの交流イベントについて、僕は打診された時からすごく楽しみにしていたんです。問題提起をするいい機会だと思ったんです。それこそ若い選手についての質問も、試合に出ることで成長するって回答したんですけど、そもそも試合数が少なすぎますからね、香港リーグは。試合数が少ないことに対して、3ラウンド制の議論が出てこないのも、なんでかなと思っているんです。2ラウンドだと18試合でリーグ戦が終わってしまうんです。そうなると若い子たちはやっぱり出られないですよ。もう最初のベストメンバーでずっといけちゃうから、思い切って若手を試す機会ってなかなか出てこないんですよ。それは他の大会でやってるでしょという意見もあるけど、やっぱりリーグ戦とそういう大会(若手を起用するようなレギュレーションの大会)とは全然違いますから。リーグ戦で若手がチャレンジできるような環境を整えてあげないといけないなとは思います」
---それだけやはりリーグ戦の公式戦でプレーすることが若手の成長を促すということなんですね。若手のうちからトップチームの公式戦でプレーすることは、ミスを連発したり、周りのレベルについていけなかったりする可能性もありますが、そういう積み重ねによってこそ若い選手は成長していくんだと?
中村祐人「そうだと思いますよ」
【連載】Vol.005 3 of 5 サッカー香港代表・中村祐人という生き方
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---続いて、ファンとの交流イベントについて聞かせてください。香港プレミアリーグの独占放映権を持つ東方新聞社傘下のメディア企画で、Facebook上でファンからテキストで寄せられる質問に選手が直接答えるという企画でした。これも試合がないこういう時期に選手からファンへメッセージを送れる素晴らしいものだと感じました。
中村祐人「そうですね」
---この中でいくつか気になる質問と回答があったので聞かせてください。まずはこれです(日本語訳は筆者)。当然ファンからの質問に正直に答えた結果だと思いますが、このようなお考えを持っていたんですね。
ファンからの質問:香港代表はどんなスタイルのサッカーを目指していくべきと考えますか?また日本サッカー協会にはアジア各国のサッカーの発展を支援するプロジェクトがあるそうですが、香港サッカーを支援してくれるんでしょうか?
中村祐人:香港人には技術とアジリティがありますが、高さと強さはありません。そう考えると、日本のサッカーを参考にしたらいいと思います。また日本サッカー界が香港に協力できたらいいですね。日本のユース年代のシステムと、指導者の発展システムは素晴らしいものがあり、私もたくさん学びたいと思っています。
中村祐人「はい。でも参考にすればいいというだけで、香港には香港独自のスタイルがあります。外国の文化を積極的に取り入れるという姿勢もありますし。なのでそういうスタイルは尊重しつつ、でも例えば韓国のスタイルは踏襲できませんよね。そういう意味で日本のほうが参考にしやすいと思います。それにユースの指導体系なんかも日本はいいものがあるので、それでこのような答えました」
---なるほど。単純に日本を真似ればいいということではなく、香港独自のスタイルやこれまでの積み重ねを尊重しつつということだったんですね。
中村祐人「はい。企画内ではできるだけ簡潔に答えたかったのでそこまで言及できませんでしたが、そういう意図です」
---日本のJリーグもそうでしたが、日本代表が強くなるためには日本人選手がどんどん海外に出たほうがいいと言われてきましたし、今でもそう発言する選手がいます。そういう意味でこの質問なのですが、香港でもたくさんの香港人選手が日本をはじめ海外リーグでプレーするようになれば、香港代表の強化の加速化につながると思いますか?
中村祐人:もちろん。でも多くのことに適用する必要があると思います。香港人選手がJ1クラブでプレーするところを見たいですね。それは私の夢のひとつです。
中村祐人「もちろんそうだと思います。今でも中国リーグでプレーしている選手がいますが、他にも韓国やタイ、もちろん欧州でも、いろんなところでプレーする香港人選手がいていいと思うし、その中で結果を出して成功する選手が出てくれば、その子はもう香港ではスーパースターですから、そうなれば香港サッカーはもっと盛り上がると思うし。そういう意味では外へ出ていくことは必要なことだと思います。どうしても香港にいる子たちは内弁慶な子が多いので。若いうちからどんどん外へ出ていって、自分の可能性に蓋をするのではなく、チャレンジしていったほうがいいと思います」
【連載】Vol.005 2 of 5 サッカー香港代表・中村祐人という生き方
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---香港における新型コロナウイルスの現状はいかがでしょうか?
中村祐人「最近では新規感染者について5日連続でゼロだったときがあったりと、終息に向かってはいると思います。香港政府が終息を判断する基準を設けているので、そこに至るまでは予断を許さない状況が続きますが。ジムなんかも今月中には再開するのではないかと思いますね」
---ちなみに日本は緊急事態宣言が5月末まで延長され、ゴールデンウィーク明けもまだまだ厳しい状況が続きそうです。日本にいる中村選手のご家族やご友人は大丈夫ですか?
中村祐人「はい、みんな元気にやっています」
---香港ではどうですか?
中村祐人「傑志(キッチー)のコーチの一人がコロナウイルスに感染してしまいましたが、それ以外はサッカー界含めて僕の友人や知人も問題はないですね」
---香港ではまだステイホームを徹底している状況ですか?
中村祐人「いや、そこまでではないです。結構みんな外出ができるようになってきてますね」
---香港は新型コロナウイルスの前には民主派デモと政府の対立が激化して、それによるサッカー界への影響もありました。デモからコロナと、一年以上ある意味では特殊な状況によりサッカー界も影響を受けています。もちろん中村選手にとってもプロキャリアで初めてのことだと思いますが、今どんな風に感じていますか?
中村祐人「今季は調子がよかったし、チームとしても個人としてももちろん正常な形で続けたかったですけど、まぁもうコロナウイルスに関してはどうしようもないですし、それによって今季やってきたことが否定されるわけでもないので。むしろこういう時だからこそ、自分が香港サッカー界のために何かできることをしようと思ってやっているところです」
---やはりプロサッカー選手として、中村選手も何かを発信していくことを考えていらっしゃるんですね?
中村祐人「僕はまだまだ発信力は小さいですけど、ちょうど今、こっちにいる日本人選手たちと一緒にトレーニング動画をSNSで発信し始めたところです。動画を見てくれる人、そしてさらには香港人選手もこういう活動に賛同してくれればひとつのムーブメントになると思うし、そうなっていければいいなと思いますね」
---インスタグラムにアップロードしていた動画ですね?拝見させていただきました。あれはメディアが仕掛けたものではなく、中村選手はじめ、選手発信で始まったものなんですね?
---ご自身のトレーニングはどんな感じですか?
中村祐人「うちのマンションの中にプールエリアがあるんですけど、そのスペースを使って、妻に手伝ってもらいながら、普段ではできないようなウェイト系のトレーニングをやっています。また今は閉まってしまいましたが、1ヶ所だけ開いていたグラウンドがあった時は、日本人選手で集まってそこでボールを蹴ったりとかですね。あとは普段から少しずつですが走るようにはしています」
---今はもう外でランニングはできる状況ですか?
中村祐人「はい。外出する人が増えてきたので、人が多いことは多いですが、まぁやれている状況ではありますね」
---できることをやるしかない状況だと、どうしてもウェイト系のトレーニングがメインになってしまうのでしょうか?
中村祐人「そうですね。例えばスプリント系のメニューをやりたくてもできないような状況の中では、ウェイト系の中でも心拍に負荷がかかるようなメニューを取り入れたりとか。あとは仲間うちで声をかけあっていろいろやっている感じですね」
---身体が資本のアスリートにとって、自分がコロナに感染することは致命的な打撃になってしまうわけですが、やはり中村選手も相当気を遣ってきたのではないですか?
中村祐人「そうですね。でも今振り返るとですけど、結構危険だったなと思いますね。というのもコロナが流行りだしてからも普通にトレーニングや試合をやっていた時期がありましたから。あの時はよくやってたなと、今振り返ると思いますね」
【連載】Vol.005 1 of 5 サッカー香港代表・中村祐人という生き方
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---まずお聞きしたいのは、香港サッカー協会が発表した新しいスケジュールです。8月中旬に今季を再開し11月初旬に閉幕。そのままその月の下旬から新シーズンが始まるとのことです。率直にこのスケジュールについてどう感じておられますか?
中村祐人「まず以前にも少しお話しましたが、香港リーグではリーグのスケジュールを冬開幕にするという議論がなされています。それが来季は適用されないことになったわけで、そうなると当然、将来的に移行する時に半年間ほど空白期間ができてしまいます。今季はすでにコロナの影響で空白ができているので、そういう意味では移行のひとつの機会ではあったとは思いますが…。ただ、たくさんの選手が今回の決定により(契約面などで)救われる部分もあるので、それはよかったなと思います」
※香港リーグの冬開幕への移行は以前、インタビューではなく個人的な会話で筆者が中村祐人から知らされていた。日本、韓国、中国はじめアジアの主要リーグは冬に開幕し秋に閉幕する「春秋制」を採用しており、アジアの国際大会もそのスケジュールがベースとなって組まれるが、アジア最古のプロサッカーリーグであり長年英国の占領下にあった香港では現在も「秋春制」を採用しており、その意味においてアジア主要リーグの中ではスケジュール的に異色の存在となっている。
---さらに4月30日の香港サッカー協会のアナウンスによると、レンジャース、元朗(ユンロン)、ペガサスの3チームが今季の残り試合に参加しない方針を表明したとありました。これについてはどう感じていますか?
中村祐人「残念は残念ですけど、今、コロナで世界情勢がこんな状態ですから、そういうチームが出てきても仕方がないのかなとは思います。そういう決定を下した人も苦渋の決断だったと思いますし、それを考えるとその決断をリスペクトしたいなと思います」
---他チームのことなので中村選手に聞くのは筋違いかもしれませんが、やはり財政的な理由がこの決定の背景にはあるのでしょうか?
中村祐人「そうだと思います。今年の2月からはホームゲームを主催できず、試合をやるごとに赤字になる状況で、どのチームも財政的に困難であったと思います」
※2月以降はリーグ戦は休止。カップ戦は行われたがコロナ影響が少ないと思われるスタジアムでのセントラル方式だったため、各クラブはホームスタジアムでの試合開催ができない状態であった。
---この3チームの今季の処遇についてはまだ議論が続いているようですが、いずれにしろスケジュール以外にもイレギュラーが発生した中でリーグ戦が再開されることになりそうですね。
中村祐人「そうですね。もうこの状況の中では仕方ない部分もありますし、選手としてはリーグのレギュレーションがどうなろうが、公式戦の再開時に100%の力で臨めるように準備するだけだと思っています」
【連載】Vol.005 プロローグ サッカー香港代表・中村祐人という生き方
プロローグ
新型コロナウイルスの脅威は当然ながらサッカー界にも影を落とし、主要国リーグは軒並み休止状態。今日現在、日本でもJリーグの再開目途は立っていない。中村祐人がプレーする香港プレミアリーグはカップ戦を無観客で実施したあと休止に入るというイレギュラーな状態である。そんな中、香港サッカー協会は4月16日に公式声明で今季残り試合と来季の開幕について発表した。そのスケジュールは、今季残りのリーグ戦を8月中旬から再開し3ヶ月後の11月初旬に閉幕。そしてそのまま同じ月の下旬から来季を開始するという驚きのものだった。もちろん、コロナ禍における緊急対応なので批判や異論などあろうはずがない。ただ、いわゆる欧州サッカー界と同じ「秋春制」(秋に開幕し春に閉幕)を採用する香港プレミアリーグがこのような形になることの違和感は、コロナ禍の影響と頭でわかっていても拭いきれないのである。
このような状況下で中村祐人にビデオ通話でインタビューに応じてもらった。協会から発表された新スケジュール、現在の香港のコロナの状況、そして中村祐人はどのような日々を過ごしているのかについて聞いた。
また地元メディアの企画により、ファンからの質問に中村祐人本人が答えるというイベントが実現した。そこでは中村祐人が思う香港サッカー界への問題提起もあり、私はこのインタビューでそこを深堀りさせてもらった。思えば、リーグ戦が正常に開催されていれば質問は当然ながらプレーやコンディションに集中する。その意味では、今回のように多方面に渡って彼の意見を聞けるのも「今だからできること」なのかもしれない。
それでは、最新の中村祐人の声をお届けする!
中村祐人名言「ただゴールするだけではなく、大事なゴールを決められるようになったのも、この頃です」
「ただゴールするだけではなく、大事なゴールを決められるようになったのも、この頃です」
青山学院大学2年次、関東大学サッカーリーグ二部の得点王に輝いた頃を振り返って。
青山学院大学2年次、関東大学サッカーリーグ二部の得点王に輝いた頃を振り返って。
「サッカー香港代表 中村祐人という生き方」より抜粋